ピオグリタゾン(アクトス)の多面的効果
チアゾリジンジオン誘導体(TZD)であるピオグリタゾン(アクトスⓇ、武田)はインスリン抵抗性を改善することで血糖低下作用を発揮する薬剤である。最近のメタ解析の結果、TZDの優れた血糖低下作用に加えて心血管系イベント抑制や認知機能改善効果を有する可能性が示唆されている1)。本稿では、高齢者糖尿病の薬物治療にピオグリタゾンを用いる意義と注意点について述べる。
TZDは核内受容体型転写因子PPARγのリガンドであり、PPARγにより転写調節を受ける遺伝子の発現を変化させる。PPARγは特に脂肪細胞に多く発現していることから、脂肪細胞がTZDの主要な標的細胞であると考えられる。TZDが脂肪細胞に作用する結果、TNFαや遊離脂肪酸(free fatty acid: FFA)などの産生を抑制する一方、アディポネクチンの分泌を増加させ、その結果として脂肪細胞や骨格筋などのインスリン抵抗性を改善する。
ピオグリタゾンの臨床的作用
ピオグリタゾンの血糖低下作用は通常用量(15mg,30mg)において用量依存性であり、高用量ほど血糖改善効果が高い2)。インスリン抵抗性を認める糖尿病患者では、しばしば高トリグリセリド血症や低HDLコレステロールの合併を認めるが、ピオグリタゾンはトリグリセリドの有意な低下とHDLコレステロールの有意な増加を示すことも報告されている。スタチン系薬剤やフィブラート系薬剤が先行して投与されていた症例においてはこの効果が相乗的に認められる。糖尿病患者において高トリグリセリド血症・低HDLコレステロールを合併しているような症例はピオグリタゾンの良い適応といえるだろう。近年PROactive study3)において、既に心血管疾患を有する2型 糖尿病患者に対し、ピオグリタゾンが総死亡、非致死性心筋梗塞、脳卒中を抑制することや新規のインスリン導入が抑制されたことが報告され、動脈硬化症予防 の観点からも、膵β細胞の疲弊抑制の観点からもピオグリタゾンの有効性が高いことが示唆された。さらにピオグリタゾンはグリメピリドに比して頚動脈IMTの進展を抑制し(CHICAGO Study)4)、冠動脈プラーク容積を減少させる(PERISCOPE Study)5)ことも明らかとなっている。また、最近の疫学調査で糖尿病は脳血管性認知症のみならずアルツハイマー病の危険因子である可能性が指摘されているが6)7)、ピオグリタゾンがアルツハイマー病患者の認知機能を改善することが報告されている8)。これはアルツハイマー病の新たな薬物療法の可能性、また高齢者糖尿病でのアルツハイマー病発症予防の可能性を示すものである。
ピオグリタゾンの適応症例
これまでインスリン抵抗性改善薬は非肥満症例には効果が期待できないと考えられていたが、近年報告されたピオグリタゾンの大規模市販後調査PRACTICAL(Prospective ACTos practical experience) Study9)に おいて非肥満症例に対しても有意な血糖改善作用を認めたことから、ピオグリタゾンはインスリン分泌がむしろ低下しているような肥満のない症例においても内因性インスリン分泌を有効に利用し、血糖改善作用を示すものと思われる。インスリン抵抗性の有無にかかわらず、内因性インスリンの枯渇している症例以外は ピオグリタゾンによる血糖改善効果が期待できる。
文献
1)Lincoff AM, et al: Pioglitazone and Risk of Cardiovascular Events in Patients With Type 2 Diabetes Mellitus: a meta-analysis of randomized trials.JAMA 298: 1180-1188,2007
2)兼子俊夫ほか:食事療法のみのインスリン非依存型糖尿病(NIDDM)に対するAD-4883の用量設定試験- 4 用量による二重盲検群間比較試験-.臨床と研究 74:1250-1277,1997
3)Dormandy JA, et al: Secondary prevention of macrovascular events in patients with type 2 diabetes in PROactive Study (PROspective pioglitAzone Clinical Trial In macroVascular Events):a randomized controlled trial. Lancet 366:1279-1289,2005
4)Mazzone T, et al: Effect of pioglitazone compared with glimepiride on carotid intima-media thickness in type 2 diabetes: a randomized trial. JAMA 296:2572-2581,2006
5)Steven E.Nissen, et al: Comparison of Pioglitazone vs Glimepiride on Progression of Coronary Atherosclerosis in Patients With Type 2 Diabetes: The PERISCOPE Randomized Controlled Trial. JAMA 299:1561-1573,2008
6)Biessels GJ, et al: Risk of dementia in diabetes mellitus: a systematic review. Lancet Neurol :64-74,2006
7)Ott A, et al: Diabetes mellitus and the risk of dementia: The Rotterdam study. Neurology 53:1937-1942,1999
8)松沢俊興ほか: ピオグリタゾンにより認知機能の改善が認められたアルツハイマー病を合併した高齢者糖尿病の1例. 糖尿病 50:819-823,2007
9)Kawamori R, et al: Hepatic safety profile and glycemic control of pioglitazone in more than 20,000 patients with type 2 diabetes mellitus: postmarketing surveillance study in Japan. Diabetes Res Clin Pract 76:229-235,2007.