糖尿病内科

HbA1cから「質の良いHbA1c」の時代へ

20/05/2016

HbaA1cは低ければ低いほどよい?

HbA1cは低ければ低いほど良い?

HbA1cは低ければ低いほど良い?

血糖コントロール指標の代表にHbA1cがあります。合併症予防のためには、HbA1c7%未満 というのがコンセンサスになっています。

「今月は運動を頑張った。HbA1cが6.8%に下がった。」

「今月はおつきあいが多く、残念ながら8%に上がってしまった。」

など、糖尿病患者さんにとって重要な指標になっています。

では、HbA1cを下げれば下げるほど、糖尿病の予後は改善する(=健康で長生きできる)のでしょうか?

残念ながら、そうではないのです。

HbA1cが低くすることだけを追求してはいけない

血糖コントロールに関しては、HbA1cで6.0%を目指すような厳格な血糖コントロールの効果を確認するために大規模な臨床試験が行われました。その結果、厳しくコントロールをしたにもかかわらず、大血管症の発症を抑制できず、重症な低血糖が増えて、死亡率が増加した試験結果さえ認められました。そのため臨床で汎用されるHbA1cは、ただ下げればよいのではなく、血糖値の変動の少ない「質の良いHbA1c」を目指す治療が推奨されるようになりました。ここ10年くらいで、だんだん糖尿病の世界が変わってきたのです。

時代を変えたのは、ACCORD試験(2008年)

先程挙げた大規模臨床試験のひとつに、2008年に衝撃を持って受け止められたACCORD試験があります1)。ACCORD試験は、心血管疾患の高リスクの糖尿病患者を対象に、血糖・血圧・コレステロ-ルの管理を主にインスリン治療による強化療法群(目標HbA1c<6.0%)と通常療法群(目標HbA1c7.0~7.9%)の心血管イベント発症率を比較検討した試験です。まさに厳格な糖尿病治療が心血管病を予防するか検討した大規模臨床試験でした。糖尿病によって起きる動脈硬化性疾患の発症・進展防止には、血糖以外に体重、血圧、血清脂質の良好な管理も必要です。ACCORD試験の強化療法群は、これらの因子も強力に治療しています。

注:心血管イベントとは:心筋梗塞・脳梗塞やそれによる死亡を指します。

この試験は、死亡例は強化療法群で257例(5.0%)、通常療法群で203例(4.0%)と強化療法群で多く、死亡リスクを1.22高める(HR1.22, 95%CI 1.01-1.46, p=0.04)という結果でした。つまり、HbA1cをより下げた強化療法群で通常療法群より死亡率が増加するという、衝撃的なものでした。

ACCORD試験がなぜこのような結果になったのか、最終的な結論は出ていません。このようなHbA1cだけでは評価できない部分は、”Beyond HbA1c”とよばれ注目されています2,3)

低血糖をどう評価するのか

HbA1cだけで糖尿病の治療がうまくいっているのかどうかの評価が難しい理由のひとつは、HbA1cでは低血糖の有無を評価することができないことです。HbA1cは過去の血糖値の平均値であるため、低血糖をおこすと低くなります。HbA1cと低血糖の関連を調べた研究では4)、HbA1c7~7.9%で低血糖を起こすリスクを1とすると、HbA1c 6%未満では1.25倍と、HbA1c 6%未満では低血糖のリスクが増加することがわかっています。

実際に、重症低血糖が心血管・死亡の予後規定因子であることが報告されています5)。このため、低血糖をより少なくHbA1cを改善することが重要です。

低血糖を防ぎながらHbA1cを下げることが重要ですが、役に立つのがCGMです。通常の血糖測定器ではわからない、食後高血糖や深夜・早朝の低血糖を明らかにすることができます。

高齢者ではHbA1cに下限が設けられました。

高齢者は重症低血糖を起こしやすいことがわかっています。現役世代の人の目標をそのまま適用するのは危険です。
2016年、日本糖尿病学会と日本老年病学会により高齢者の血糖コントロール目標が定められました。個々人の健康状態や治療薬で目標が決まります。

下の図をご覧ください6)。健康状態は、認知機能の状態と、日常生活動作(ADL)をどの程度できるかで、3種類のカテゴリーに分類されます。

高齢者 HbA1c 下限

高齢者 HbA1c 下限

正常、もしくは少し低下のカテゴリー1、2は低血糖が心配される薬を使用していなければ、HbA1cの目標値は7.0%未満です。

一定以上の低下を認めるカテゴリー3は低血糖が心配される薬を使用していなければ、HbA1cの目標値は8.0%未満です。

下げ過ぎに注意、HbA1cをこれ以上下げてはいけない下限が設けられました。

インスリン・SU剤・グリニドなど、低血糖が心配される薬を使用している場合に限り、目標値の下限も決められました。これより低い値では低血糖のリスクが高まると考えられます。

65〜75歳で認知症なく自立している方のHbA1cが7.5%以下が良いですが、6.5%を下回らないようにしましょう。

75歳以上で認知症なく自立している方のHbA1cは8%未満が良いですが、7%を下回らないようにしましょう。

1) Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes Study Group, Gerstein HC, Miller ME, Byington RP, Goff DC Jr, Bigger JT, Buse JB, Cushman WC, Genuth S, Ismail-Beigi F, Grimm RH Jr, Probstfield JL, Simons-Morton DG, Friedewald WT. Effects of intensive glucose lowering in type 2 diabetes. N Engl J Med2008; 358:2545-2559.
2) Riddle MC, Gerstein HC, Cefalu WT. Maturation of CGM and Glycemic Measurements Beyond HbA1c-A Turning Point in Research and Clinical Decisions. Diabetes Care 2017; 40:1611-1613.
3) Agiostratidou G, Anhalt H, Ball D, Blonde L, Gourgari E, Harriman KN, Kowalski AJ, Madden P, McAuliffe-Fogarty AH, McElwee-Malloy M, Peters A, Raman S, Reifschneider K, Rubin K, Weinzimer SA. Standardizing Clinically Meaningful Outcome Measures Beyond HbA1c for Type 1 Diabetes: A Consensus Report of the American Association of Clinical Endocrinologists, the American Association of Diabetes Educators, the American Diabetes Association, the Endocrine Society, JDRF International, The Leona M. and Harry B. Helmsley Charitable Trust, the Pediatric Endocrine Society, and the T1D Exchange. Diabetes Care 2017; 40:1622-1630.
4) Lipska KJ1, Warton EM, Huang ES, Moffet HH, Inzucchi SE, Krumholz HM, Karter AJ. HbA1c and risk of severe hypoglycemia in type 2 diabetes: the Diabetes and Aging Study. Diabetes Care. 2013;36:3535?3542.
5) Zoungas S1, Patel A, Chalmers J, de Galan BE, Li Q, Billot L, Woodward M, Ninomiya T, Neal B, MacMahon S, Grobbee DE, Kengne AP, Marre M, Heller S; ADVANCE Collaborative Group. Severe hypoglycemia and risks of vascular events and death. N Engl J Med 2010; 363:1410-1418.
6) 高齢者糖尿病の血糖コントロール目標について | 日本糖尿病学会 http://www.jds.or.jp/modules/important/index.php?page=article&storyid=66

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