経鼻インスリン(intranasal insulin)とは?|糖尿病治療の研究段階の選択肢と現在わかっていること

経鼻インスリン(intranasal insulin)は、注射を使わずにインスリンを鼻から投与する方法として研究されている“将来の治療候補”の一つです。
現時点では日本で実際に使える治療ではなく、研究段階の選択肢であることにご注意ください。

経鼻インスリン(intranasal insulin)について説明する日本人医師のイメージ写真|糖尿病治療の研究段階の選択肢|しもやま内科

「インスリン注射の痛みがつらい」「将来、針を使わない治療ができるのだろうか」という声は、日々の診療の中でもよく耳にします。
その一つの可能性として、インスリンを鼻から投与する経鼻インスリン(intranasal insulin)が世界中で研究されています。
一方で、現時点では日本国内で保険診療に用いることはできず、長期安全性や効果の安定性など多くの課題が残っています。

【重要なご注意】
本ページでご紹介する「経鼻インスリン」は、現時点(2025年)で日本国内の医療機関で患者さんに使用できる治療ではなく、研究段階の投与方法です。
しもやま内科を含め、当院外来で処方・使用できる薬剤ではありません。現在の標準治療(皮下注射・インスリンポンプ・GLP-1受容体作動薬など)を置き換えるものではない点をご理解ください。

経鼻インスリン(intranasal insulin)とは?

経鼻インスリンは、その名のとおり鼻からインスリンを投与する方法です。
インスリンを含む製剤をスプレーや滴下で鼻腔内に噴霧し、粘膜から吸収させることで血中に作用させたり、脳・中枢神経への影響を調べる目的で研究が行われています。

なぜ「鼻からインスリン」を投与しようとするのか

  • 針を使わない、より負担の少ない投与方法を探るため
  • 食事の前後に、より素早くインスリン効果を発揮させる可能性があるため
  • 鼻粘膜から脳へ到達する経路を利用し、「中枢への作用(認知機能など)」を調べるため

こうした理由から、「血糖管理の新しい選択肢」としてだけでなく、「脳や認知機能への影響」を研究する目的でも注目されています。

これまでの研究でわかっていること

① 血糖値への影響(短期的な研究結果)

一部の研究では、経鼻インスリンを用いることで食後血糖の上昇をある程度抑えられた、という結果が報告されています。
ただし、

  • 吸収量の個人差が大きい
  • 同じ人でも日によって効き方が変わる場合がある
  • 皮下注射と比べると、血糖低下作用が十分でないケースもある

など、効果のバラつきが問題となっており、標準治療として使うには課題が残っています。

② 低血糖リスクと安全性

短期間の試験では、大きな安全性上の問題は報告されておらず、低血糖も比較的少ないとする結果もあります。
一方で、

  • 長期間にわたる投与の安全性が十分に確認されていない
  • 鼻粘膜への慢性的な刺激や、炎症・びらんなどの影響が不明
  • 吸収が不安定な場合、意図しない低血糖・高血糖を起こす可能性

といった点から、「安全性が証明された」と言える段階ではありません

③ 認知機能・脳への作用を調べる研究

海外では、経鼻インスリンを用いて、

  • 2型糖尿病患者さんの認知機能への影響
  • アルツハイマー病の病態との関連
  • 食欲や満腹感といった中枢性の調節

などを検討する研究も行われています。
これらは非常に興味深い分野ですが、まだ「効果が証明され、治療として確立された」と言える段階ではなく、仮説検証の途中と考えるのが妥当です。

経鼻インスリンが実用化されていない主な理由

① 吸収の個人差が大きく、効果が安定しない

鼻粘膜からの吸収は、鼻炎・粘膜の状態・噴霧の仕方など多くの要因に左右されます。
同じ量を投与しても、どれくらい体内に入るかが一定ではないため、血糖コントロールに使うには不安定です。

② 長期安全性が確認されていない

数週間〜数ヶ月の研究では大きな問題が見られない一方で、数年単位で使用した際の鼻粘膜・肺・全身への影響は十分にわかっていません。
糖尿病治療薬は長期間使い続けることが多いため、長期の安全性が確認されない限り、実際の治療として広く使うことはできません

③ すでに有効な治療選択肢が複数存在する

現在は、

  • 持効型・超速効型インスリン製剤
  • インスリンポンプ療法(CSII)
  • インスリンとCGMを組み合わせたSAP療法・ハイブリッドクローズドループ
  • GLP-1受容体作動薬、SGLT2阻害薬などの注射・内服薬

など、安全性と有効性が確認された治療が多数あります。
経鼻インスリンがこれらを上回るメリットを、はっきりと示せていないことも、実用化が進まない理由の一つです。

将来、期待できるかもしれないポイント

経鼻インスリンは、現時点では実際の治療に使える段階ではありませんが、研究の進み方によっては次のような可能性が検討されています。

  • 針を使わずに食後血糖をコントロールする新しい方法
  • 高齢の方や、注射が苦手な方にとって負担の少ない選択肢
  • 認知機能・脳機能との関連を踏まえた新しい治療コンセプト

ただし、これらはあくまで「可能性」であり、安全性と有効性がしっかり確認されて初めて、治療として検討されることになります。
現時点で「いつ実用化されるか」を具体的に予測することは困難です。

現在の標準治療との位置づけ

標準治療はあくまで「皮下注射・ポンプ療法・経口薬など」

現在、糖尿病の治療として実際に使用されているインスリン療法は、

  • 基礎インスリン・追加インスリンによる皮下注射
  • インスリンポンプ(CSII)やミニメド780Gなどのハイブリッドクローズドループ
  • GLP-1受容体作動薬・SGLT2阻害薬・DPP-4阻害薬などの注射薬・飲み薬

といったものです。
これらは大規模な臨床試験で効果と安全性が確認され、保険診療として位置づけられています。

経鼻インスリンは「研究段階のトピック」

経鼻インスリンは、現時点では「研究室レベルや限られた臨床試験で検討されている段階」であり、標準治療に加わるには至っていません。
患者さんが「使える治療の選択肢」として考えるものではなく、専門家の間で将来の可能性が議論されているテーマと受け取っていただくのが適切です。

よくある質問(Q&A)

Q. 経鼻インスリンは、日本で使える治療ですか?

いいえ、現時点では日本国内で診療に使用できる治療ではありません。
研究段階の投与方法であり、通常の外来で処方することはできません。

Q. インスリン注射の代わりに、経鼻インスリンに変えることはできますか?

現段階ではできません。
経鼻インスリンは標準治療として承認されておらず、注射やポンプ療法を置き換えるものではありません。

Q. 認知症を予防・改善できる可能性があると聞きました。

一部の海外研究では、認知機能への影響が検討されていますが、まだ仮説の段階であり、「認知症予防薬」として使える状況にはありません。
期待だけが先行しないよう、慎重に情報を解釈する必要があります。

Q. 副作用は少ないのでしょうか?

短期間の試験では大きな問題が報告されていない一方で、長期間使用した場合の鼻粘膜や全身への影響ははっきりしていません。
安全性が十分に確認されていない点が、実用化が進んでいない理由の一つです。

Q. いつ頃、実際の治療で使えるようになりますか?

具体的な時期を予測することはできません。
有効性と安全性を確認するためには時間のかかる大規模な試験が必要であり、現時点では「将来の可能性」として研究が続けられている段階です。

Q. 経鼻インスリンを希望したいのですが、どこか紹介してもらえますか?

日本国内で、通常の診療として経鼻インスリンを使用している施設はありません。
治験や研究に関しては、条件に合うかどうかを含め、専門施設ごとに個別の判断が必要になります。
現実的には、現時点で参加できる機会は非常に限られています。

Q. 針を使わない治療法として、他にどんな選択肢がありますか?

経鼻インスリン以外にも、GLP-1受容体作動薬の週1回注射や、SGLT2阻害薬などの飲み薬、インスリンポンプ+CGMを組み合わせた治療など、負担を軽くしながら血糖を整える方法が増えています。
現時点では、これら確立した治療を組み合わせて使うことが現実的な選択肢です。

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📞 現在の糖尿病治療についてご相談ください

経鼻インスリンはまだ研究段階ですが、実際の診療では、インスリン療法・インスリンポンプ・GLP-1受容体作動薬・SGLT2阻害薬など、さまざまな治療を組み合わせることで、負担を減らしながら血糖コントロールを目指すことができます。

「注射がつらい」「血糖変動が大きくて不安」「自分に合った治療を相談したい」といったお悩みがあれば、まずは一度ご相談ください。

お電話でのご予約・お問い合わせ:
047-467-5500

👨‍⚕️ この記事の監修医師

下山 立志(しもやま たつし)
しもやま内科 院長
日本内科学会 総合内科専門医
日本糖尿病学会 糖尿病専門医・指導医
日本循環器学会 循環器専門医
日本老年医学会 老年病専門医・指導医
日本甲状腺学会 甲状腺専門医糖尿病、甲状腺、副腎など内分泌疾患の診療に長年従事し、地域密着型の総合内科医として診療を行っています。

31/08/2009