糖尿病性末梢神経障害
糖尿病性末梢神経障害は糖尿病の三大合併症の中で最も早期に発症し,また頻度も高い.この中で感覚・自律神経性ポリニューロパチーが最も高頻度であり,一般に糖尿病性多発ニューロパチー(diabetic polyneuropathy, DPN)と呼ばれる.臨床的には自覚症状,両側アキレス腱反射低下・消失,振動覚低下で診断される簡易診断基準が有用である.機序としては糖代謝異常による軸索機能低下や微小血管障害による軸索変性が関与する.臨床的DPNの発症以前にすでに高血糖による軸索機能障害がsubclinicalに存在するため, DPN発症予防には厳密な血糖コントロールが必須である.発症後の治療にはアルドース還元酵素阻害薬などによる神経軸索機能の改善のみならず,疼痛や自律神経障害に対する対症療法も必要となってくる.また脳神経障害における虚血性神経障害,糖尿病性筋萎縮症における免疫異常など,直接の糖代謝異常以外の機序を知ることが適切な治療に結びつく.
我が国における糖尿病の患者数は,厚生労働省による2010年の推計値では1,080万人と言われ,現在国として最も力を入れている疾患の1つである.糖尿病の主な三大合併症として,糖尿病性神経障害,糖尿病性網膜症,糖尿癇性腎症が知られている.糖尿病性神経障害の主体としては自律神経障害を含む末梢神経障害であるが,近年認知症や脳血管障害などの中枢神経障害の重要性も指摘されている.
糖尿病性神経障害の分類としてはP Thomasらの分類1)が知られている.糖尿病性神経障害はその機序から,糖代謝異常による代謝性神経障害,血管障害による虚血性神経障害,免疫を介した免疫介在性神経障害に分けられる.高血糖性ニューロパチーおよび対称性ポリニューロパチーの初期は代謝性神経障害であり,対称性ポリニューロパチーが進行するとこれに虚血性神経障害が加わってくる.局所性ニューロパチーのほとんどは単ニューロパチーであり,虚血性神経障害と考えられている.しかし下肢近位性ニューロパチー(糖尿病性筋萎縮症)は近年では免疫介在性神経障害と考えられている.
一過性に血糖コントロールが不良となると,異常感覚,疼痛や筋痙攣が急速に増強することは知られており,血糖コントロールで速やかに症状が改善する.糖尿病性ニューロパチーそのものが,高血糖による神経軸索あるいは後根神経節細胞の代謝異常で始まることは確かであるが,「高血糖ニューロパチー」が独立した疾患概念かどうかは不明である.しかし,最近の報告では,臨床的に明らかなニューロパチーがない糖尿病患者(subclinical neuropathy)で,厳密な血糖コントロールで神経伝導検査が速やかに改善すること2),また糖尿病と診断される以前の耐糖能異常(IGT)でもすでに疼痛を主徴とするニューロパチー(pre-diabetic neuropathy)が存在し,皮膚生検で表皮内神経密度が低下し,血糖コントロールで再生すること3)が報告されている.
1) Thomas PK : Classification, differential diagnosis, and staging of diabetic peripheral neuropathy. Diabetes 46
(Suppl 2):S54-57,1997.
2) Albers JW, et a1:Subclinical neuropathy among Diabetes Control and Complications Trial participants without di-
agnosable neuropathy at trial completion : possible pre-dictors of incident neuropathy?Diabetes Care 30:2613-
2618,2007.
3) Smith AG, et a1 : Lifestyle intervention for pre-diabetic neuropathy. Diabetes Care 29 : 1294-1299, 2006.