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妊娠中〜産後の「潜在性甲状腺機能低下症(TSHがやや高め・FT4正常)」の管理と、赤ちゃんへの影響についてまとめています。妊娠前のTSH目標や妊活・不妊治療の考え方は、関連ページで解説しています。
関連ページ
- 潜在性甲状腺機能低下症の総論 ― TSH基準値・治療判断の基本
- TSHが高いと言われたら(妊娠前チェック) ― 妊娠前のTSH目標と治療開始の考え方
- 妊娠中のTSH目標値(妊娠週数別) ― 数値の目安と再検の間隔
- 橋本病と妊娠・授乳 ― 抗体陽性の方の管理
- 妊娠と甲状腺の総合案内 ― セクションの入口
潜在性甲状腺機能低下症とは
TSH(甲状腺刺激ホルモン)が基準より高めである一方、FT4(遊離サイロキシン)は正常範囲内にある状態を「潜在性甲状腺機能低下症」と言います。自覚症状が乏しいため、健康診断や妊活の検査で初めて指摘される方が少なくありません。
TSHの基準値や、治療を始めるかどうかの基本的な考え方は、潜在性甲状腺機能低下症の総論で解説しています。このページでは、妊娠中から産後にかけての管理と赤ちゃんへの影響に絞って説明します。
妊娠中は「潜在性」の判定基準が変わる
妊娠すると、胎盤から分泌されるhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)が甲状腺を刺激するため、TSHは生理的に下がります。そのため、非妊娠時と同じ基準(上限4.0前後)をそのまま当てはめると、見落としが生じる可能性があります。
当院では、妊娠週数に応じて次の目安で判定しています。
| 時期 | TSHの目安(上限) | 判定のポイント |
|---|---|---|
| 妊娠初期(〜13週) | 2.5 μIU/mL 程度 | もっとも厳しく評価する時期。FT4が正常でも治療を検討する |
| 妊娠中期(14〜27週) | 3.0 μIU/mL 程度 | 初期よりやや緩やか。経過と症状をあわせて判断する |
| 妊娠後期(28週〜) | 3.5 μIU/mL 程度 | 分娩まで用量を維持することが多い |
妊娠週数ごとの目標値の考え方と再検の間隔は、妊娠中のTSH目標値(妊娠週数別)で詳しく解説しています。
なお、TSHが少し高いだけでも、FT4が低ければ「顕性(明らかな)甲状腺機能低下症」として扱い、治療の必要性はより高くなります。判定はTSH単独ではなく、FT4・FT3・抗体(抗TPO抗体・抗Tg抗体)をあわせて行います。
妊娠中に治療を始める目安
妊娠中の潜在性甲状腺機能低下症では、次のような場合にレボチロキシン(チラーヂン®)による治療を検討します。
- TSHが妊娠週数の目安を超えている場合(例:妊娠初期に2.5 μIU/mL以上)
- TSHが明らかに高い場合(おおむね4.0 μIU/mL以上)
- 抗TPO抗体・抗Tg抗体が陽性で、TSHが基準を上回っている場合
- 過去に流産・早産の既往がある、または不妊治療中である場合
- 明らかな倦怠感・むくみ・便秘などの症状がある場合
一方、TSHが2.5〜4.0 μIU/mL程度の軽度な場合は、治療による赤ちゃんへの利益がはっきりしない部分もあり、抗体の有無・症状・既往歴をふまえて個別に判断します。数値だけで一律に決まるものではない点が、この病気の難しいところです。
治療開始や用量調整の実際については、妊娠中のTSH目標値(妊娠週数別)および妊娠前チェックのページをご覧ください。
妊娠中〜産後のレボチロキシン(チラーヂン®)調整
妊娠中は、甲状腺ホルモンを運ぶタンパク質(TBG)の増加や胎盤での分解により、身体が必要とする甲状腺ホルモンの量が増えます。そのため、妊娠前に比べてレボチロキシンの用量を増やす必要が生じることが多いです。
| 時期 | 当院での対応 |
|---|---|
| 妊娠判明時 | 速やかに採血し、必要に応じて増量(おおむね2割〜3割程度) |
| 妊娠初期〜中期 | 4週ごとにTSH・FT4を測定し、目標範囲に調整 |
| 妊娠後期 | 4〜6週ごとに確認。多くの方は用量を維持したまま分娩へ |
| 出産後 | 妊娠前の用量に戻す方向で減量し、産後4〜6週で採血して再評価 |
出産後は、妊娠中に増えた甲状腺ホルモンの需要が急速に減ります。妊娠前と同じ量に戻すとTSHが下がりすぎることがあるため、産後は必ず4〜6週後に採血して確認します。
また、産後1年以内に起こる「産後甲状腺炎」は、一過性に甲状腺機能が変動する状態です。潜在性甲状腺機能低下症とは経過が異なるため、区別して評価します。授乳中もレボチロキシンの服用は継続して問題ないとされています(母乳への移行はごくわずかです)。詳しくは橋本病と妊娠・授乳をご覧ください。
赤ちゃんへの影響はどう考えるか
赤ちゃん(胎児)自身の甲状腺が働き始めるのは、妊娠10〜12週ごろです。それより前の時期は、お母さんの甲状腺ホルモンが胎児の脳や神経の発達を支えています。そのため、妊娠初期の甲状腺機能はとても大切な意味を持ちます。
お母さんが明らかな甲状腺機能低下症(FT4が低い状態)を治療せずに放置した場合、流産・早産や胎児の発育、出生後の神経発達に影響する可能性が報告されています。日本甲状腺学会などのガイドラインでも、妊娠中の顕性甲状腺機能低下症は治療が推奨されています。
一方で、「潜在性」(FT4が正常でTSHだけが高め)の場合は、赤ちゃんへの影響は限定的と考えられており、治療によって赤ちゃんの予後がどこまで改善するかについては、まだエビデンスが十分ではない部分もあります。だからこそ、過度に不安を抱える必要はありませんが、抗体陽性や症状のある方では治療を検討する価値があります。
これまでの研究では、妊娠中の甲状腺機能低下症が早産や低出生体重と関連する可能性が指摘される一方、軽度の潜在性甲状腺機能低下症に対する治療がこれらの合併症を減らすかどうかについては、結果が一定していません。当院では「治療してもしなくてもよい微妙な範囲」についても、検査結果と生活背景をうかがいながら、ご本人と相談のうえで方針を決めています。
産まれた後の赤ちゃんの甲状腺(数値)について
赤ちゃんの甲状腺の病気は、出生後に全員に行われる新生児マススクリーニング(先天性甲状腺機能低下症を含む検査)で確認します。出生直後はTSHが生理的に高くなることがあり、一度「再検査」と連絡が来ることも珍しくありません。再検査で異常がなければ、多くの場合は経過観察となります。
なお、当院の診療対象は中学生以上(12歳〜)です。新生児・乳幼児のお子様の甲状腺の精密検査・治療が必要な場合は、小児科・小児内分泌科を紹介いたします。お母さんの治療とお子さんの検査は、別々に考えるのが基本です。
「自分が薬を飲んでいなかったから赤ちゃんに異常が出たのでは」とご心配になる方もおられますが、胎盤には母体の甲状腺ホルモンが移行する仕組みがあり、妊娠中にきちんと治療を続けることが最も大切です。不安なことがあれば、遠慮なくご相談ください。
妊娠中に気をつけたい服薬と生活
妊娠中は、甲状腺の薬だけでなく、妊婦健診で処方される薬やサプリメントが増えます。飲み合わせによっては、レボチロキシンの効きが弱くなることがあるため、次の点にご注意ください。
- 服用のタイミング:レボチロキシンは、朝の起床後すぐなど空腹時に服用し、服用後はしばらく(30〜60分程度)食事を控えると吸収が安定します。
- 鉄剤・カルシウム製剤・一部の胃薬:妊娠中は鉄剤が処方されることがあります。これらの薬はレボチロキシンの吸収を妨げることがあるため、2〜4時間以上あけて服用してください。
- ヨード(海藻類)のとりすぎ:昆布などの海藻類を極端に多く食べると、かえって甲状腺機能に影響することがあります。普段どおりの食事で問題ありません。
- 葉酸・その他のサプリ:通常の妊婦向けの量であれば、そのまま続けていただいて差し支えありません。心配な場合は診察時にお持ちください。
- 自己判断での中止は避ける:妊娠中に甲状腺ホルモンが不足すると、母体にも赤ちゃんにも影響しうるため、自己判断で減量・中止をせず、必ずご相談ください。
妊娠中は、倦怠感・むくみ・便秘・眠気といった症状が、妊娠そのものによっても起こります。症状だけで甲状腺の状態を判断するのは難しいため、定期的な採血で数値を確認することが大切です。
妊娠中の甲状腺ホルモンと胎盤の関係
お母さんの甲状腺ホルモンは、胎盤を通じて胎児へ移行します。胎児の甲状腺が働き始めるまでの間、この移行が赤ちゃんの発達を支えています。妊娠中に治療を継続して甲状腺ホルモンを適切な範囲に保つことは、母体の体調を整えるだけでなく、こうした赤ちゃん側の必要を満たす意味も持っています。
また、胎盤では甲状腺ホルモンを分解する酵素(脱ヨード酵素)が働くため、妊娠中期以降は母体の必要量がさらに増えることがあります。妊娠後期になっても、自己判断で用量を減らさずに、採血の結果に沿って調整を続けてください。
こんな症状があるときはご相談ください
妊娠中は体調の変化が大きい時期です。次のような症状が続く場合は、甲状腺の数値もあわせて確認しておくと安心です。
- 強い倦怠感・眠気が続く(休んでも回復しにくい)
- むくみ・体重増加が急である
- 便秘が強い、冷えを感じやすい
- 気分の落ち込みや集中力の低下が気になる
- 以前から甲状腺の病気を指摘されている、または甲状腺の薬を飲んでいる
ただし、これらの症状は妊娠に伴っても起こるため、症状だけで甲状腺の状態を判断することはできません。採血の結果とあわせて評価することが大切です。「これくらいで受診していいのかな」と迷う程度でも、妊活・妊娠中のご相談は歓迎しています。
妊娠中〜産後の診療の流れ(当院)
- 妊娠が分かったら、できるだけ早めにお電話でご連絡ください(用量調整が必要になることがあります)
- 採血(TSH・FT4・必要に応じてFT3・抗体)と甲状腺エコーで評価
- 必要に応じてレボチロキシンの用量を調整し、4週ごとに再評価
- 妊娠後期は4〜6週ごとに確認しながら、分娩まで管理を継続
- 出産後4〜6週で採血し、妊娠前の状態と比べて用量を再調整
- その後は3〜6ヶ月ごとの定期検査で、TSHの安定を確認
基本的には当院が甲状腺の管理を担当し、妊娠・分娩の管理は産科の先生が担当します。産科の先生との連携が必要な場合は、診療情報提供書を作成いたします。
よくあるご質問(FAQ)
Q. 妊娠中にTSHが4.0と言われました。すぐ治療が必要ですか?
A. 妊娠中はTSHの目安が非妊娠時より低くなるため、早めに甲状腺専門医で評価を受けることをおすすめします。FT4・抗体の値や症状、既往歴をあわせて、治療の必要性を判断します。
Q. 妊娠中はどのくらいの間隔で採血しますか?
A. 治療中は4週ごとを基本としています。用量が安定している方でも、妊娠中は甲状腺ホルモンの必要量が変化しやすいため、定期的な確認が必要です。
Q. 産後、チラーヂンを減らせますか?やめられますか?
A. 出産後は必要量が妊娠前の状態に戻ることが多いため、減量する方が一般的です。ただし自然に中止できるかどうかは、もともとの原因やTSHの値によって異なります。産後4〜6週で採血してから判断します。
Q. 潜在性甲状腺機能低下症だと、赤ちゃんに影響が出ますか?
A. FT4が正常な「潜在性」の場合、赤ちゃんへの影響は限定的と考えられています。一方、FT4が低い顕性の甲状腺機能低下症では、治療が推奨されています。まずは採血結果を確認し、必要な場合に治療を始めることが大切です。
Q. 新生児スクリーニングで再検査と言われました。どうすればよいですか?
A. 出生直後はTSHが生理的に高くなることがあり、再検査となることは珍しくありません。再検査の指示に従って受診いただき、精密検査が必要な場合は小児科・小児内分泌科をご紹介します。当院は中学生以上が対象のため、乳幼児の診療は行っておりません。
Q. 授乳中もチラーヂンを続けてよいですか?
A. 授乳中も継続してかまわないとされています。母乳への移行はごくわずかです。授乳中は採血の間隔が空きやすいため、産後の再評価を忘れずに受けていただくことが大切です。
妊娠中の甲状腺でご不安な方、お気軽にご相談ください
月・火・木・金 9:00〜12:00 / 14:45〜17:30 土 9:00〜12:00
診療時間外・緊急時は、119番へのご連絡もご検討ください
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最終更新日:2026-09-11
👨⚕️ この記事の監修医師
下山 立志(しもやま たつし)
しもやま内科 院長
日本内科学会 総合内科専門医
日本糖尿病学会 糖尿病専門医・指導医
日本循環器学会 循環器専門医
日本老年医学会 老年科専門医・指導医
日本甲状腺学会 甲状腺専門医
糖尿病、甲状腺、副腎など内分泌疾患の診療に長年従事し、地域密着型の総合内科医として診療を行っています。